雲母書房
コラム

芹沢俊介(せりざわ・しゅんすけ)
1942年、東京都生まれ。上智大学経済学部卒業。評論家。文芸・教育・家族など幅広い分野の評論を展開する。現代の家族や子どもたちの問題を独自の視点で鋭く捉えている。

著書に『引きこもり狩り』『《宮崎勤》を探して』『引きこもるという情熱』(雲母書房)『母という暴力』『ついていく父親』(春秋社)『子どもたちはなぜ暴力に走るのか』(岩波書店)『死のありか』(晶文社)など。


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場所としての死B―看取りの時間2
2008/06/20
*「場所としての死B―看取りの時間1」のつづきです。

場所としての死B―看取りの時間1
2008/06/20
 前回、看護師と比較した場合、医師が患者の看取りの時間を経験することはきわめて少ないということを述べた。このことについてざっと触れておこう。

場所としての死A
2008/05/07
 前回、看取りの時間が、死によって分裂する速度の異なる二つの時間によって構成されていること。二つの時間とは生を基軸にした外の時間と死を基軸にした時間であり、死を基軸にした時間すなわち死と死にゆく者がつくる時間をかたわらで共有できるのは、すなわち看取ることができるのは、看取る者が外の生の時間に支えられているからであるという考えを述べた。

場所としての死@
2008/04/02
 「場所としての死」というテーマをもらった。このホームページの読者につきあってもらいながら、死をめぐって思うところを気ままに記していくことにしたい。
 最初に書いてみたいのは〈看取りの時間〉ということだ。看取りとは、実は看取りの時間を経験することなのである、そういってみたい思いに駆られる。以下の文章を読んでみよう。

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